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05

大好きなおばあちゃん。

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先月末に母方の祖母が急逝しました。

最後に会ったときの姿は元気で、年始に言った「またね」の「また」がもう来ないなんて、誰も想像していなかった突然の別れでした。生まれた時から身近にいて、今まで24年間ずっとずっとたくさんの愛情を注いでくれたおばあちゃんです。

しばらくTwitterやブログに姿を現していなかったのもこのためです。見送りのための一連の儀を終えて、ようやく少しずつ生活が今までに戻ろうとし始めています。

初孫でもあった私にとっても甘かったおばあちゃん。愛情とともにたくさんの贈り「モノ」も貰いました。誕生日プレゼントもそう、クリスマスプレゼントもそう、遊びに行った時のお菓子もそう、お年玉もそう。今となって悔やまれることでもありますが、子ども服は着れなくなったら手放してしまうし、幼児期のオモチャや流行りモノは時期が過ぎれば節目で捨ててしまったし、貰ったことに感謝は感じていても全てを手元に残しているわけではありません。そんな中、トミカだけは初めて手に取った1台から飽きず捨てずに全て残しているおかげで、「おばあちゃんに買ってもらったトミカ」という形で懐かしい時を思い出すことができます。

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言うまでもなくこの記事を書くきっかけは嬉しいニュースではないし、誰が読むともわからないし、読者もしんみりしてしまうし、記事にするのはどうかなと迷いもしましたが、いい歳になっても次々にミニカーを買ってくる私に何を言うでもなく、大学生になって初めてのアルバイトで某ミニカー屋さんで働き始めた時は、遠くからわざわざ職場に会いにきてくれて、お正月の集まりを抜け出してトイザらスに走る私を毎年見送ってくれて、86&BRZ magazineに86/BRZミニカーコレクターとして私の写真が載った際は誰よりも嬉しそうに掲載号を手に取ってくれていたおばあちゃんだから、いつも通り私がこうしてトミカの写真を撮って「これおばあちゃんに買ってもらったトミカなんだ!」ってブログで自慢したら、「やだやだ照れくさいよ」なんて言いながら、きっと喜んでくれるんじゃないかなって思ってキーボードを叩くことにしました。ミニカーが主役ではない記事ではないし、文章もまとまっていないけど気持ちの整理のために綴りました。時間のある方だけお付き合いください。

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物心ついた時にはトミカがそばにあったような私ですから、祖父母に買ってもらったトミカはたくさんあります。どれもが宝物で、ベストを選ぶには考える時間が足りません。そんな中から1つ「おばあちゃんに買ってもらった自慢のトミカ」である「No.98 マツダ RX-8」を眺めながら頭に浮かんでくる思い出を語ろうと思います。2003年8月から2010年5月まで販売されていた通常品トミカです。

このRX-8は「浦和の伊勢丹」へ「祖母と買い物に行った時」に「長い買い物に飽きて機嫌が悪くなっていた当時小学3年生の私」に「入院(※その年の夏休みに私は手術のため入院していた)を頑張ったご褒美」として「おばあちゃん」が買ってくれたトミカです。箱に新車シールが貼ってあることからわかる通り、発売したばかりのトミカではありましたが、初回特別カラーのホワイトは売り切れだったことも覚えています。ちょっと残念がる私に、白より赤いの方がかっこいいっておばあちゃんがフォローしてくれたような気もします。たくさんある中で、群を抜いて買ってもらった時のことをよく覚えているトミカなんです。

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このトミカがピカピカでもなく、ボロボロでもない中途半端な状態なのは「私のお気に入りで、だからこそ傷つけないように大切に遊んでいた」ことの証拠です。実はRX-8のトミカは大人になってから美品を改めて入手していますが、このボロが語る「お気に入り」の気持ちと、買ってもらった時の思い出は、どんな美品にも超えられない付加価値になっています。86に出会うまでスポーツカーに全く関心がなかった私としては、珍しくたくさん遊んだスポーツカーのトミカかもしれません。おねだりをする勇気があまりない子だったので、この時もトミカを買ってもらえると思って買い物に行ったわけではありません。だからこそ、「トミカ買いに行こっか?」って言ってくれた時の笑顔を覚えているし、強くこのトミカが印象に残っているんだと思います。当時すごくすごく嬉しかったんです。

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このトミカを買ってもらってから十数年後。ついに免許をとった私が、真っ先に車を転がして運転している姿を見せに行ったは祖父母の家でした。語弊を恐れずにあえて書けば「私が車を運転して現れたら、祖母が(言うまでもなく祖父も)とっても喜んでくれる」と確信していたからです。成長の節目を見せることは孫としてできる孝行の一つかなと昔から漠然と思っていました。免許を取って、車を買って、車を買い替えて......。「クルマが好きな孫」らしい形で成長を見せることができたことは今の私の小さな誇りであり、その時の記憶が心の支えにもなっています。最初の愛車ヴィッツ・2台目の愛車86の前でそれぞれ祖父母の記念撮影しておいて本当に良かったなと思います。

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クルマに乗って迎えに行って、乗せてあげるたびに毎回「もう運転こわくなくなった?」「運転楽しい?」って聞いてきたおばあちゃん。「もう慣れたよ」って答えるだけで「よかった」って言いながら毎回嬉しそうな顔をしてくれたよね。86を「かっこいい」、オレンジメタリックを「とっても綺麗な色だ」って誰よりも褒めてくれたのは祖母でした。普通車の乗り降りすら辛そうにしているのに、あんなに乗り降りが辛い86の後部座席に進んで乗り込んだ時はびっくりしたよ。きっとすごく頑張ってくれたんだよね。ありがとう。最後まで助手席をおじいちゃんに譲り続けたのも、おばあちゃんらしかったなと今振り返って思います。

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まさかこんなことになると思っていなかったから、ちょうど先週末に86のトムス製テールへの交換を予定していました。「ここ(テールランプ)の色変わったんだよ」って私が嬉しそうに見せに行ったら、クルマのこと何も知らなくても、意味が全くわかってなくても、きっと「かっこいいね」「(光が)綺麗だね」っておばあちゃんはまた褒めてくれるような気がするので、あまり自粛・萎縮せず近いうちに交換をやりたいなと思います。私が楽しみにしていたことが取りやめになってしまうの、おばあちゃんが一番悲しむ気がします。私の知っているおばあちゃんは最初から今までずっとそういう人でしたから。

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別れが訪れることは悲しくて、どんな別れでも決して「良かった」なんて言えるわけがないけれど、最後に会った時にしっかり話せたこと、元気な姿をみれたことはせめてもの救いです。最近の体調では「もう何年もすれば私の名前を忘れてしまうかもしれない」と覚悟もしていたので、もしそうなっていれば、心が弱い私は会いに行くのが辛くなっていたかもしれません。おばあちゃんは苦しむ表情・もがく姿を家族の誰にも見せず、眠るように旅立ちました。おばあちゃんに会いに行くのが最後まで「楽しみなこと」であり続けたことはとても幸福なことでした。

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通夜の日になって堰を切ったように涙が止まらなくなりました。祭壇を見ることになったことは悲しくて仕方なかったのだけど、家族みんなで選んであげた祭壇はとても綺麗で、素敵なものを贈ってあげられたと嬉しい涙も混じっていた気がします。遺影の周りのお花のデザインは私が選びました。出来上がりを見たら、我ながらおばあちゃんによく似合ういいセンスでした。通夜の儀が終わり、みんなが去った後、ひとり祭壇に戻っておばあちゃんを独り占めして話しかけました。「明日は泣かないから、おばあちゃんを笑顔で送れたら、頑張ったねって褒めてね」って図々しいお願いしておきました。ちゃんと笑顔で送れたし、「たくさん食べなさい」の口癖に答えるように精進落としの料理を完食したから、いまきっと沢山褒めてくれていると思います。

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この記事を書く前に、私が生まれたときから両親がせっせと撮り続けてくれたアルバムを全て見返しました。そこにはたくさんのおばあちゃんとの写真が残っていました。1つ1つ語り始めたらキリがなさそうなので、今は心の中に留めておくことにします。大好きなおばあちゃん。たくさんの優しさを、思い出を本当にありがとう。いっぱい愛してもらって私は幸せ者です。これからもずっと見守っていてください。